2008年3月 1日 (土)

伊牟田先生、帰阪。

伊牟田修平先生
無事、大阪に戻って来られたようです。
伊牟田先生の上京は、いろんなところに波紋を広げたようでした。
あの先生、けっこう喋りなので、行った先々で、正直話しを公開しまくったようですね。
卒業生経由で、
今回の東京訪問の真実を知ったりして、なかなかエキサイティングでした。

当初の日程よりも
永く滞在されたということは、思った以上に版画が売れたんでしょう。
迷惑な話にならず、
みんな好意に買ってくれた話しを聞くと、
良かったお疲れさまでしたという感じです。

すれ違いや
時間の都合などで、会うつもりにしていた人たち全員に会えたわけでもなさそうで、期待していたのに肩すかしを食らってしまった卒業生の皆様、ご迷惑をおかけしました…
なんて、
何で、そんな保護者みたいな言い方になってしまうんだろう。

さっき
他人の携帯電話を使ってかけて来られた伊牟田先生から、楽しそうな話しを一杯聞きました。

懐かしい
人たちに会えたこと。
古い仕事仲間、アニメーション学科の卒業生たち…
行って良かったって、感動していました。

卒業生森本晃司監督を
訪ねて、4℃に行って、田中栄子さんに会って、持っていった版画のイメージが気に入られて、今度、アニメーションのイメージで使ってもらえるかもなんて、凄い話しじゃないですか。
教え子監督で、世界の4℃アニメーション作品に、イメージ原案「伊牟田修平」なんて、クレジットに名前が載るかもしれないんです。

伊牟田先生って虫プロ時代
に「鉄腕アトム」や「悟空の大冒険」の美術で大活躍していながら、「前に出るの嫌やから、名前出さんといて」なんて仕事の仕方してました。
でも、最近話しを聞くと、
「娘や孫へ自慢話出来るように、名前入れておいてもらえば良かったなあ」なんて
ぽつり、おっしゃいます。

今回、4℃の話しが
実現するなら、ぜひ、名前を出してもらってください。

そうすれば
もっともっと、版画が高い値段で売れますよ!

今回
伊牟田先生に、感謝しなければならないことは、
先生のおかげで、多くの卒業生から連絡もらえ、行方知らずになっていた卒業生の居所が分かったり、早速メールをもらったりというのがあったのです。

3期生の大竹紀子さんや、「とど」の辻美也子さん…

うれしい
波及効果だったわけです。

伊牟田先生ありがとうございます

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2008年2月28日 (木)

伊牟田先生、まだ東京。

伊牟田先生
まだしばらく東京に滞在中らしいです。

森本さんから先程メッセージ入って、
「明日、会う約束をした」
ということですから、
明日一日は、東京におられるみたいです。

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2008年2月26日 (火)

伊牟田先生、東京にいるそうです

本日、午後5時ごろから
東京方面の卒業生たちから、メールやら携帯に着信がひっきりなしにかかってくる事態となりました。

どうやら
伊牟田先生が出没しているようです。

マッドハウスの
浅香守生監督、撮影の山口仁くん、美術の上原伸一くん、岡田昌子さん。

作家の
新谷尚之くん。

突然やって来た、
片道切符しか手に入れてない、
版画を買わされた、
誰それの連絡先を教えてくれって言われた…

その
伊牟田先生から、9時ころ電話が入りました。

「先生、いま、東京にいるらしいですね」
卒業生から、携帯や、メールが次々とかかってきています」

伊牟田先生
明日は、ジブリの春日井直美さんや、4℃の森本晃司監督も訪ねるそうです。

「吉祥寺は、わしの庭のようなもんや」って言っております。

伊牟田先生に
会いたい卒業生諸君。会いに来てほしい卒業生のみなさん、連絡してください。
わたしの方から伊牟田先生に「来てほしいそうですよ」って、伝えます。
きっと
版画を買わされますよ。

ブログを
mixiのように使ってしまいました。

伊牟田先生
風邪ひかんとってくださいね。

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2008年1月16日 (水)

伊牟田先生お元気で何より

伊牟田修平先生の近況です
0img_2349いま、ナンバやねん。○○借りに行ってエエかあ?
懐かしい声。
先生お久しぶりです。
借りに来はるのは歓迎したくありませんが、しばらくお会いしていないので、会いたい!
どうぞ!」と言ってしまった。

前歯が
何本か、抜けてしまわれたそうですが、伊牟田先生元気でした。

これから
版画を買ってもらいに出かけるそうで、背負子に束ねた作品を背たろうて、訪ねて来てくださいました。

伊牟田先生の
絵画教室での教え子さんが、次年度、ODCに入学してくださいます。
こんな生徒なのでよろしく
という話しと、
今度、教科書を作るつもりだ
という話しと、
Mac、ノートパソコンが
もう、どうしようもなくなってしまった
という話しと、
いろいろしていってくださいました。

8期生の皆さん
伊牟田先生のところにも、みんなの作品集、無事届いたそうですよ。

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2007年6月10日 (日)

知ってる?「かまど」のアニメーション

Dsc09032名物「かまど」
香川県や岡山県では、CMソング(中西圭三作曲)と共にテレビコマーシャルでお馴染みの四国を代表するみやげ和菓子。キャラクターは「かまどちゃん」。

Dsc09033広報の
池田さんが、徳島出張の帰りに、おみやげで買ってきてくれた。
高知の明徳義塾(高校野球でよく名を聞く高校)への高校ガイダンスでの出張のおみやげ。

Dsc09043 Dsc09044 Dsc09045

この、かまどの
CF(コマーシャルフィルム)、大阪デザイナー専門学校アニメーション学科と深いかかわりがあります。
アニメーションによるテレビコマーシャル作品ですが、アニメーション監督を岡部望先生が、粘土のかまどちゃんのキャラクター造形及び、アニメートの部分を本校の卒業生たちが制作に関わっています。
もう、20年ぐらい前に制作した作品だったかな?

岡部先生の近影ですDsc09092
Dsc09090 Dsc09093

Dsc09094アニメーションに使われた
まどちゃんの粘土キャラクターは、粘土は粘土でも、クレイアニメーションの定番のやわらかい粘土ではなく、どこにでもある紙粘土で作成して水彩絵の具で着彩したもの。
「か・ま・ど」ってキャラクターたちが口をそろえて合唱するのだが、「か」「ま」なら「あ」の口、「ど」なら「お」の口の形のキャラクターを登場人数(登場かまどちゃん数)用意して、唄にあわせてタイミングのコマ数を合わせながら、とっかえひっかえのコマ撮り撮影をして作っているのです。(リップシンクロしてるでしょ)
その場で形や造形を作り変えながらコマ撮りするのではなく、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」の技法でアニメーションしているのです。
でも、
ティム・バートン監督「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」が1993年制作だから、「かまど」の方が、この撮影システムを先に採用したということだが。(もちろん、この撮影方法はセルの置き換え発想だから、もっと以前からあった技法ですよ)
Dsc09120Dsc09121 Dsc09122

今なら
CGで簡単にやってしまうのでしょうが、どうです?
手作りの造形は綺麗すぎず、人の温かみがあって美味しそうじゃないですか。
口に入れるものって、CGで作った仮想の物じゃなく、やっぱり人間の手で作ったものであってほしいじゃないですか。

粘土のかまどちゃんは
合唱集団なので、手作りで山ほどたくさん作ったそうです。(これなどもCGなら、コピー&ペーストで、あっという間に増やせるんですけどね)
中には、かわいいかまどちゃんもいれば、そうじゃないかまどちゃんもいて、一つ一つにとても愛着をもって、アニメーションしたんだそうですよ。

岡部先生
と、卒業生たちで作ったアニメーション「名物かまど」テレビCM!
ご覧ください。

http://www.kamado.co.jp/tanosimu/cm/cm.html

注)この動画映像をご覧いただくには、お使いのブラウザにWindows Media Playerがインストールが必要です。

プログラムの、「かまどのうた篇」30秒バージョンがそうです。

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2007年6月 2日 (土)

林正史先生

Dsc09009古い卒業生たちには
たまらなく懐かしい先生。 林先生ですよ。
1980年生第2期生から12期生の、「アニメーション原理」「アニメーション作画」そして、「空飛ぶ米俵」から始まって、「Mr.プレスマン」「猫飛んじゃった」「自動巻き」「「自殺ごっこ」(子供はつらいよ)「今夜のメニュー」「ミイラの訪問」など、いくつものグループ制作の指導に関わってくださった先生。
Dsc09009_1

大学で
伊牟田先生の後輩になるそうです。
伊牟田先生の影響もあってか(口添えって言ってたかな?)、アニメーションの世界にすすみました。
伊牟田先生は虫プロ、林先生は東映。
狼少年ケン」など、テレビのアニメーションの作画で活躍。
高畑勲監督と同じ時期
に東映にいてたそうですが、高畑監督は劇場アニメの部署で林先生はTVで、制作の部屋は違っていたのですが、お二人とも〝音楽〟という趣味の部分で話題が共通、親しかったそうです。
そんな関係もあって、ジブリが「魔女の宅急便」を作っていたころ、高畑監督は、一度学校の方に来校していただきました。
林先生は、「タイガーマスク」まで、東映でアニメーターをされ、その後京都に。
現在の、染色(漆を使った染色や、漆織)のお仕事を続けてされています。

伊牟田先生が
大阪デザイナー専門学校にアニメーション学科を新設するときに、一番最初に声を掛けようと思ったのが林先生だったそうです。

結局
アニメーションは作画だけでなく、映画の勉強だったので、林&伊牟田路線でのスタートにはなりませんでした。
しかし
第1期生が36人、その次の学年が100人ひかえているということでスタッフの数が必要ということで、再度声を掛けられ、2期生のベーシック授業からの参加となったのです。

背景・美術を中心に、アニメーションのあり方を見渡す役割にある伊牟田先生。
ストーリー、テーマから、絵コンテ、作画、そして撮影・編集・録音といった全般のテクニック、制作全般をみる岡部先生。
作画と、〝動かす!〟というところに徹底的に関わった林先生。
そんな連係プレーでアニメーション学科は試行錯誤を繰り返しながら船出していきました。

夜間部の指導をしてくださった徳永先生。
一学年300人という時代には、アニメアールの谷口さんや、毛利さん、上井さんにも手伝ってもらいました。
ゼミナールでも、アニメアールの逢坂さん、佐々木さん、加瀬さん、山本さんに手伝ってもらった時代もあります。

作画カリキュラムのパイオニア
の先生です。
それまでの、アニメーション学校のカリキュラムはデッサン中心。動きについては、動画の〝パターン〟を教えることが定番でした。
林先生は
そのへんを、理論的に、基礎から指導する方法を取り入れられました。
慣性の法則予備動作ツメやノバシなど、すぐに人物のキャラクターを使ってデッサンしながら描写していくのではなく、図形や部分を使っての指導。まるで理論の教科目名である「アニメ原理」というタイトルは、そういったところから命名されています。
今でこそ、どのアニメの専門学校でも指導項目に入っている学習コンテンツですが。全て林先生のカリキュラムが基本になってます。
林先生が指導した教え子が、卒業後業界に就職して、さらには、他の専門学校で先生になって若い人たちに指導しているのですから。
大阪コミュニケーションアートも大阪アニメーション専門学校も代々木アニメーション学院も大阪アニメーションスクールも大阪アニメーター学院も、すべて大阪デザイナー専門学校の卒業生が指導に関わっているのですから。

林先生は
現在奥さんの仕事を自宅で一緒に行っているのですが、このたび、されていることをホームページで公開していきたいのだそうです。
ヨドバシカメラに用事あって、大阪に出てこられて、ホームページの指導をしてくださった方から、わたしの名前が出たので思い出し、大阪に出たついでに久しぶりに学校に顔を出してみようかなって、訪問してくださったのです。

本当に久しぶりで
うれしかった。
この20年、どんなことがあったのか、いっぱい報告させていただきました。
林先生、何よりも、卒業生たちの活躍を喜んでおられました。

林先生といえばお酒
もちろん、その後はお決まりのパターンです。
京都堺町通り御池で、奥さん・中嶋紫都先生の個展をされていますので、烏丸御池まで出かけていき、ご馳走になりました。
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2001

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2006年7月27日 (木)

伊牟田修平先生

アニメーション学科設立時の大貢献者伊牟田修平先生。
昔、虫プロダクションで背景描いてた伊牟田修平先生。
鉄腕アトム、ジャングル大帝、悟空の大冒険で背景描いてた伊牟田修平先生。
電通映画社で、数々のコマーシャルフィルムの演出をされた伊牟田修平先生。
シルクスクリーン、版画の巨匠伊牟田修平先生。
住宅の協同建設をすすめる市民の会の初代会長をされ、日本のコーポラティブ住宅の推進者である伊牟田先生。
アニメーション「みんなでいっしょに」「阿波の狸合戦」の監督の伊牟田修平先生。
わたしの恩師であります。
現在は、保育園で、子供たちに絵を教えながら、ご自身は、コンピュータを使って絵を描いておられます。

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古い卒業生の皆さん、
先生はお元気
でしたよ。

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2006年7月 1日 (土)

塩見知利先生のパステル画展

阪急電車 急行は速かった
梅田から四条河原町行き特急に乗りました。桂駅到着直前、西の山並みは雲が低く下りていました。01_22京都堀川今出川交差点北に上ってすぐのところにある、画廊「ふじた」アートで行われている、塩見知利「癒しのパステル画展」に塩見先生を訪ねて行ってきました。特急で桂駅まで。急行に乗り換え四条大宮まで。急行はもちろん速かったですよ。
堀川今出川へは四条大宮から、交番ヨコの6番停留所から201系統循環 市バスで220円。本当は四条河原町から12系統・立命館大学方面行きに乗った方が、降りてから近かったみたいですけど。

塩見先生
塩見先生は、現在、平安女学院短期大学で助教授されています。映像メディアや幼児教育についての研究を専門にされています。パステル画の方は現代パステル画協会展で2004年、2005年に入選されています。塩見先生との出会いは、私が学生だった時に、本校(当時は大阪デザイナー学院という名称でした)にイラストの非常勤講師として授業を持たれていた先生なのですが、「絵本」のゼミナールをされていて、そのゼミを通じて知り合ってからのおつきあいです。わたしとクラスメイトの何人かが受講生でしたが、我々は先生が初めて担当されたゼミの第1期生だったと思うのですが。
「絵本」は当時はまだ、今のような社会的認知のされかたではなかったです。一般的には、子供(幼児)に読み聞かせをするための教材の一つぐらいにしか扱われていませんでした。一部、芸術色のあるものも出版されていましたが、マニアックな扱いだったと記憶します。 01_23塩見先生って、「絵本」をタイトルにゼミを開講すれば、女の子がいっぱい集ってくるだろうなあって思って、この講座引き受けたんです。てなことを冗談半分でおっしゃってました。本心だったと思います。我々も、他のクラスの女の子とも、いっぱい友だちになれると思って、ゼミをとったんです。我々っていうのは、私と森本、遊部、渡部、高橋、橋本、アニメクラスのむさくるしい野郎ばっかり。でも、ふたを開けて見ると、先生も生徒も男ばっかりでした。でも、このメンバー、今考えると、凄い面子ですよ。塩見先生の自慢です...かな? 塩見先生は幼児期の造形活動や絵画制作を専門に研究されていたので、そういった方面でのいろんな話しを聴かせていただきました。それとか、資料で持って来られた見たことも無いような専門書。そういったものとの出会いがとっても新鮮だったのを覚えています。

パステル画
パステルは、固形画材の一種で、用紙にこすりつけ、のばしながら着彩 していく画材です。純粋パステルに対してクレパスなどのオイルパステルがありますが、ロウで練り固めたものでまったく別物です。ソフトパステルとハードパステルがありますが、クレヨンやクレパスをもう少しチョークのイメージに近づけたもの思ってくださればいいかもしれません。そういったこともあり、色彩はとても綺麗で鮮やかです。私の感覚では、細かな描写には不向きという先入観がありますが、ハードパステルを使ってみたり、水をつかったり、ジエッソやフィクサチーフなどいろいろなものをうまく使って工夫することで、かなり幅広く面白い表現が可能のようです。塩見先生は、紙にも工夫をされていました。細かな紙ヤスリのような用紙を使うことで、まるでガッシュやポスカラのようなやわらかいボカしを表現されていました。
http://www15.plala.or.jp/shiomi85/pasutel.html

画廊「ふじた」アート
01a_1701b_16この画廊は、古い西陣の町家、商家だったおうちを画廊にしたもの。だから、ギャラリーの奥の、この家の持ち主さんが生活されている全ての部屋は、70年、全くと言っていいほど、手を加えていない、昔のままの住居なのです。襖は、当初、銀箔や金箔が塗られてあったであろうことを思わせる、何ともいえない不思議な色艶。竹の薄板を、互い違いにくぐらせて編んだ網代(あじろ)の天井。部屋の中の小物でも、亡くなられたご主人の衣装の裏地に使われていた西陣の織物を花瓶の敷物にされていたり、たぶんお独りで住まわれていると思うのですが、とっても優しさのある素晴しい生活の場を拝見せていただきました。画廊の全ての訪問者に見学させているわけではないので、とても素敵な体験をさせていただいたわけです。塩見先生の計らいによる思いもかけないオプションだったわけですが、他人の家にずかずかと上がり込んで部屋のあちこちを見学して、本当に失礼な話しです。

京都市バスは素晴しい
学校閉館までに、校舎に戻らなければならなかったので、塩見先生、失礼します。復路は、堀川通りにある、四条河原町方面に出れるバスに乗って帰ることにしました。信号が変わると、ちょうど12系統のバスがやってきたので、「グッドタイミング」とばかしにバスにとびこみました。220円を出しておこうと、乗車してから財布の中身を覗いてビックリ。「小銭が無い。」 120円と。1円玉が何枚かしか。あとは、封筒の中に1万円札。運転席の両替機を見ると、どう見ても1万円の両替はしてくれそうにない。財布の中を再び確認。カバンの中に100円落ちてないか探す。ポケットの中。何度も何度も同じ動作を繰り返し。その間バスは、どんどん進んで行く。他のお客さんが運転手にバスカードのことで質問しているのを見て、「1枚買えばいいんだ。おつりで細かくなる」 でも1万円で扱ってくれるかな? バス内で販売してるんだろか?「すいません...」財布の中を全部見せて、1万円持ってるのもアピールしながら、「大きなお札しか無いんですが」言訳しながら説明しようとしたら、「今度、乗った時に、足りなかった100円、払ってくださればいいですよ」特に、いやみっぽく言われるわけでなく、さも、当たり前のように、そう言ってくださった運転手さん。ちょっとビックリ。だいぶビックリ。結局、110円だけ支払って、バスを降りたのですが、とっても救われた気分。バスの運転手さんにこんなに感謝の気持ちを持ったのは初めてです。001_26001_27001_28京都市バスの運転手さん、ありがとうございます。5時頃、12系統四条河原町方面行きを運転されていた嘉積二三男運転手。 名前、チェック致しました。お礼の手紙を書きたいくらい。きっと100円は払います。 001_29

とても、素敵な気分で、京都を後にしました。京都の町はもうすぐ祇園祭です

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