2007年12月30日 (日)

Wall.E 2nd Trailar

キャラクター&マンガ「みんなのブログ」
みやたけ先生情報(12/29 00:50)からいただき。
PIXARのCGアニメーション映画「WALL.E」予告編映像↓
http://www.dailymotion.com/video/x3snkx_walle-2nd-trailer_shortfilms

6月27日公開は、日米同時公開だろうか?

ボサノバの名曲「ブラジル」ふうの音楽にのせて、ご機嫌な映像。

情報によると
ファインディング・ニモ」のアンドリュー・スタントンが監督。米アニメーション業界の裏話情報が満載の“Jim Hill Media”は、ピクサーのスタッフから聞き出したという詳細なストーリーを掲載。

ネタバレにならない範囲で要約すると
舞台は環境汚染のために人が住めなくなった西暦2700年の地球で、主人公は環境改善のために送り込まれた清掃用ロボットのWALL.E
何万台という仲間のロボットはすでに故障してしまい、WALL.Eの唯一の友達はゴキブリだけ。(上記予告編にも登場)
人間が残した大量のゴミを集めながら、孤独を持て余しているところに、最新型のロボットが送りこまれてくるという筋書きだという。

掃除することだけ
をプログラムされたロボットが、やがて自分の使命を見いだすまでの冒険物語で、PIXAR映画としては初のメッセージ性に溢れた社会派のSF映画だという。
しかも、最初の30分間は台詞がほとんどないという野心的な作品だとか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月17日 (月)

「トランスフォーマー」レンタル開始は明日から

映画『トランスフォーマー』
のビデオ・DVDレンタルが明日18日から始まる。

8月に
001 映画館に見にいった映画だ。

車や戦闘機
ヘリや戦車が、トランスフォーム(変形)するダイナミックなスピード感ある映像は見ごたえある。
これだけは、手描きのアニメーションでは表現の限界がある。
テレビアニメーションでは、せえ一杯がんばって動画してたが、質感を残しつつの臨場感あるメタモルフォーゼはCGお得意の表現だ。

といっても
CGであっても、つじつま合わせは無理なようで、速い動きで、ごまかして見せてしまっているかんじ。
仕方ないね。

昔やってた
テレビアニメを知らないで見たほうが、純粋に楽しめるかも。
特に、
アニメに登場するキャラクターたちに愛着のある人は、ガッカリするかもしれない。

ストーリーは
どうでもいいくらい、どうでもよい。
中学生までの男の子向けの映画だ! と、割り切って見るべき。

映画やアニメが
凄いというよりも、実際にトランスフォームさせる玩具を作った人が素晴らしい

0img_10030img_1009

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月15日 (水)

「切腹」と「生きる」ことと、どちらが勇気がいるか?

『武士の一分』を観た

キムタクについては
いろんな意見があると思うが、

キムタクはどちらかと言えば嫌いだ派
の目で見れば、キムタクっぽくなく良かったのではという感想。
失明して、人の手を借りて生活しなければならない、キムタクとしては何ともカッコ悪い役柄で、TVドラマでスマートながら御馴染みのいつもの小生意気なイメージから離れたものがあって、『武士の一分』では、映画の世界に入って見ることができた。

盲目の芝居をすることで
いつものキムタク流の芝居を変えることができたのか。
なかなか良かった。
喋り方も、方言の台詞だったということで、いつものキムタク喋りじゃなくなかなか良かった。

キムタクってやっぱりカッコイイしおとこまえだ派
の目で見れば、キムタクって最近おっさん顔に変わってきて男らしくなったなあと思っていたのに、正面のアングルで撮った顔は、顔の作りが幼い感じで侍の鬘(かつら)が似合わなくてガッカリ。
キムタクって、けっこうがっしりした体系かと思ってたら、肩幅胸まわりが貧弱なのか、着物姿もいまひとつでがっかり。

ネタバレ注意

三村新之丞との果し合いで腕を深く切られ、片腕を切り落とさなければならなくなり、武士として生きるは恥とし切腹した島田藤弥
失明し、もっと不自由である三村新之丞が、生きる道を選んだことを考えると、
恥じて死を選んだ、臆病で情けない奴。

同僚の報告で、島田藤弥のその後を聞くくだりで、
生きることを覚悟した三村新之丞
切腹を選択した島田藤弥
コントラストの差が印象に残った映画だった。

しかし
切腹にも勇気がいる。
切腹が侍として当然という覚悟が普段からあるにせよ、
自ら命を絶つというのには相当の覚悟がいる。

三村新之丞も
武士として、他人の世話を借りてまでして生きては行けないと、一度は切腹を考えた
しかし、
彼の場合は、愛してくれる妻・加世の存在、彼女の思いと言葉があり、生きることの覚悟ができた。

島田藤弥にはそんな身内がいなかった?
というよりも、三村新之丞&加世的考えって、現代的発想? キムタク&壇れい的

木部孫八郎の言葉も印象的

「共に死するを持って心となす。勝ちはその中にあり、必死すなわち生くるなり」

「もしお前に勝ち目があるとすれば、おまえに死ぬ覚悟が出来ていて、向こうが生きることに執着していれば」

これは、果し合いを行う前に
新之丞が師匠・木部孫八郎にもらう言葉であるが、
決闘の勝ち負けのためだけの言葉ではなく、
人生すべての局面においての言葉とも思える。

人間死ぬ気になれば何だってできる。
一度、死んだと思えば、怖いものなし。とは、よく耳にする言葉。

生への執着とは
人よりも劣ったものを抱えて生きていく負い目か。

夫婦の心の絆と
父親の代から家の雑務をしてくれる主人思いの徳平の人間性に、感動するストーリーであるが、
ちょっとずるい! 
と思うのは、結局、三村新之丞がとても安全な場所にいるから。

生涯失明という
充分不幸のどん底にいてるのではあるが、
素敵な奥さんと素晴らしい奉公人がいて、
失明しても、御上から、職を奪われることも米三十石の身分も奪われること無く、お城勤めせずとも、お給料がもらえる身分で過ごせるポジションにいることが決定している。

少ぉし
ゆるい感じがするのは、そんな設定と、キムタクの甘いマスクのせえか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月26日 (木)

「ハリーポッター 不死鳥の騎士団」吹き替え版

微妙にネタばれ箇所あり。注意!

原作読んでないから
映画の世界だけでハリーポッターを見ています。007さんにあったような、楽しみにして見た観かたはできないが、惰性で見てしまっています。ハリーポッターファンではありません

子供の魔法ファンタジー
で始まったシリーズも2作目までで、前回4作目からは完全にお子さんおいてけぼり作品になってしまった。
そんな! 
ファンそっちのけな! 
と思っていましたが、シリーズが始まったのが2001年。
そのとき10歳だった小学生も、今ではもうすぐ高校生。物語と一緒にリアルタイムに成長しているんだなあ。

とはいっても
ここのところの4作目・5作目のダークさは、子供ハリーのつもりで見に行った人の期待を裏切ってしまう。

原作の
登場人物たちの成長と、映画での年齢設定とのそれはシンクロしているのだろうか?

ハリーの身の回り
の出来事は驚くほどのスピードで、彼をどんどん大人の世界に引きずり込んでいく。
友達の死。大切な人の死。
魔法界の勢力争い。
自分の両親を知っている世代の大人たちの思惑。
可愛いダニエル・ラドクリフ君を楽しみに見に来た人はちょっと戸惑ってしまいます。
恋愛。キスシーン。

ハリーをとりまく
キャラクターたちの関係も、ハリーに負けないよう、もっと大人な関係になってついて行ければ、もっと面白くなるかなという気がする。

ハリーのお父さんが
いじめっ子だった過去のエピソードにビックリ。
だからあのキャラクターは、ハリーにあんな接し方をしていたんだ。
妙に笑ってしまう。

壁中にかかった
新校長のお触れ書きがいっせいに落ちてくるところなど、大きなスクリーンでの見ごたえのあるところもちゃんと用意。
でも今回は、内なる、葛藤や不安や恐怖や懐疑心といった描写が多く、全体的に狭く重たい。
クライマックスのCG魔法合戦は、迫力満点だが、かっこよすぎて本来の魔法ファンタジーさから離れてしまったか。
フレッドとジョージ・ウィーズリー双子が、重たい空気を、派手に暴れて解消してくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月25日 (水)

「レミーのおいしいレストラン」先行上映

Img_0493RATATOUILLEが原題?
http://disney.go.com/disneypictures/ratatouille/
劇中登場する重要な料理の名前だが、とうてい美味しそうな料理の名前とは思えない。
ラットはネズミで、タトゥー(tatoo)は刺青。
でも
全編見終わって、シェフたちが最も恐れる料理評論家アントン・イーゴの最後の記事を読む(聞く)と、お子様向け邦題よりもこの原題が最高にピッタリだと感じる。

Mr.インクレディブル
ブラッド・バードのPIXARでの監督第2作目作品。
ちょっと大人のテーマの匂いを感じさせてくれたブラッド・バード監督。
だから、とっても期待大。

先行ロードショーで
吹き替え版で、夏休みの昼間ということもあって、館内は子供がいっぱい。
わいわいがやがや。
ちょっと、しまった

体験入学の
はざまの中休み。この夏最高に観たい映画。子供と一緒はしまった話しだが、チャンスだったので仕方ない。

でも
横でメールで画面明るくされたり、座高の高いおっさんに前に座られたり、その他マナー無視の勘違い大人の近くに座らされるよりも良かったかも。
子供って、面白いところは、ホント声をあげて大笑いするんです。

リングイニが
レミーに、まるでまだ操縦慣れしていない兜こうにめちゃめちゃに操作されるマジンガーZのように操られているくだりは、子供たちにバカ受けでした。
パスタがきれいになべの中に入らず全部外にこぼれてしまったり、子供って、ホントわかりやすいことに大笑いするんです。

ネズミが
厨房で料理するなんて生理的に許せない! 
なんて目くじら立てて怒るひとがいるそうだが、この映画のテーマは、料理から一番遠く離れた位置にいる者でも最高の料理人になれるチャンスがあるファンタジーなのだ。
だから、ネズミじゃなくて、ゴキブリでもハエでも良かったかも。
(げげっ! ゴキブリ・ハエは酷過ぎるか! 想像しただけでおええっ!となりそう…?)

アニメーションだから
キャラクターデザインを工夫して、何とでも表現できそうじゃないですか。
ピノキオのジミニー・クリケット。
ダンボのチモシー。
アリスのキャタピラ。
コオロギネズミ芋虫
醜い生き物も、アニメーションという魔法でみんな愛嬌満点のキャラクターたちに姿を変えました。

不潔さは
でも、ミートホープに中国製食料品…。現実の人間の方がよっぽど信じられないようなとんでもないことやっている
レミーは、スープ作りに入る前に、しっかり手を洗ってたよ(笑い)
それから、ネズミたちが厨房で活躍するときも、集団洗浄(?)
制作側も、そこはちょびっと配慮してました。
ディズニー作品ですが、得意の絶対的ハッピーエンドではなく、正体がネズミだったということで勿論、常識的な展開で決着をつけてます。

テンポ良く
スリリングで、楽しくて、勇気ももらえて、個人的にはインクレディブルの方が好きですが、大人も子供も楽しめる映画でしたよ。
人間とネズミの身長差をリアルに感じさせるアングルの使い分けは抜群。
ネズミだから低い目線という単調なものではなく、奴ら、柱をつたって天井にも上がるし。
空も飛ぶんだぜ!
最初の、厨房で発見されたレミーが、瓶に入れられ、レストランから遠く離れた河まで捨てられに行って、
結局逃がしてもらえて、
そのときの、
レミーがリングイネから全速力で逃げて走って、パッと、止まって振り向いたときの二人の距離感は最高にピッタリ! 画面を切り返して、双方の視点で見合うんだけど、素晴らしい奥行きと距離感。3Dならでわでした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年6月14日 (木)

リュック・ベッソン監督がアニメーション(2)

Dsc09081アーサーとミニモイの不思議な国
の試写会のチケットを、アスミックエースさんより大量にいただき、アニメーション学科2年生と先行試写に行ってきました。

1月28日(日)の日記
にもとりあげた、楽しみにしていたアニメーション。
http://moriodcacjp.cocolog-nifty.com/odcanime/2007/01/post_6680.html

このときには、邦題は、まだ『アーサーとミニモイたち』だったのだ。

東京での
試写会の舞台挨拶はどなただったのだろう?
本日の大阪試写会では、声優参加のUKさんが映画紹介されました。
ほんの一言だけの台詞で、東京のアテレコスタジオまで行ってこられたようですが…
UKさん、大阪デザイナー専門学校にも一度来てくれたことがあります。

映画は
スピーディーでスリリング。ミニモイのキャラクター達が可愛く、楽しく、魅力的で、あっと言う間の1時間44分。

アーサーもセレニアも
ベタメッシュも、けっして日本人好みの可愛さのキャラクターではないと思うけど、しぐさ・動きが素敵です。
ミニモイ国女王セレニアも、口元ぽかのだらしない顔面だけど、目の表情がイイ! しなやかな身のこなしがイイ! なかなか色っぽい10歳の少女でした。(役柄は、1000歳だけど… ミニモイの1年間は月の満ち欠けのサイクルで決めているんだって)
吹き替えがマドンナ
よくあるモーションキャプチャーでのキャラクターのマンガちっくな造形と動きの妙なリアリティさがいっしょくたんになった不自然さがなかった。これって、関わったアニメーター達の頑張りがあったから?

悪役マルタザールも
細身で、顔ちっちゃく、か弱そうな造形ですが、なかなか存在感のあるキャラクターでした。
吹き替えがデイヴィッド・ボウイ

声優は他に
ひょうきんな国王にロバート・デニーロも参加。

ミア・ファロウ久しぶり
この女優さん、昔から老けたイメージだったので、お祖母さん役での登場でしたが、かれこれ40年ちかく前の『ローズマリーの赤ちゃん』のときと、印象が変わらない。
主人公アーサーのおばさんという感じ。

アーサーのフレディ・ハイモアくん
は、『チャーリーとチョコレート工場』の男の子です。
劇中の彼の髪型は、リュック・ベッソンそっくり。
リュック・ベッソンが、自分の投影でイメージしたキャラクターだから?

ジム・ヘンソン、ゲーリー・カーツの
ダーククリスタル』を思い出した。

お薦めです

http://www.arthur-movie.jp/top.html

   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 5日 (土)

「バベル」

映画が終わった後
しーとしていた。
どう受け止めたらいいんだろう? 館内そんな思いで沈黙? 感想を整理するのに時間がかかりそう? 感想文を書くなら、うんと言葉を選ばなければ。

ぞろぞろと
出口に向かうエスカレーターで、友だち連れの女性が「もひとつやったね」「よくわからない」って、沈黙に我慢できずに漏らした言葉。
ええっ!? そんな簡単な一言で済む映画?
簡単な一言で済む映画見たかったんなら、となりでやってる「ロッキー・ザ・ファイナル」「スパイダーマン3」を見に行け! って思ったが、両方ともまだ見ていない映画(無責任な発言)。

Pa0_0024辛いといえば辛い
ホッとしたといえばホッとした。希望を感じる… しかし釈然としない。
複雑。
でも、「わからない」とは言いたくない、絶対に。

菊池凛子が
話題になった映画だが、彼女の映画というわけではない。
どちらかというと、乳母役の伯母さん、アドリアナ・バラッザが、けっこう印象的。
でも、菊池凛子も大切な役だったよ。
彼女の聾唖者という設定は、監督の、この映画で伝えたかった思惑を、分かりやすく伝えている。
彼女は生まれながらの聾唖という設定なのか? 母親が自殺したショックで聾唖者になったという設定なのか?
たぶん前者。
彼女の、どうしようもならないもどかしさ苛立ちが、ぐさぐさと伝わってくる。
日本人の若者たちの典型なんて思われないか気を使って見てしまうが、取り上げられたどの国の人物たちも、その国の代表者というキャラクターではない。

ネタバレ注意!

の存在が印象的
国によって、に対しての描かれ方や扱われ方が違う。

日本
事件の発端に登場する猟銃は、持ち主の日本人が好意で何気なく、旅先のハンティングのガイドにプレゼントした猟銃。
以前に自分の所持していた銃によって、人が傷つき、死に、よその国・政府を巻き込むような事件になっていることに、元所持者や日本の警察ははあまりにも平和
猟銃元所持者の妻は、彼の所持していた銃(その猟銃とは、多分別の銃)で自殺しているようだ。
彼の自宅のダイニングルームには、行った先の国々でハンティングをして撮った記念の写真が何枚もかざってある。
その写真に写る彼の充実感と楽しさが感じられる表情は、映画の痛く辛い内容とコントラストの差があり複雑。

モロッコ
山羊飼いが、ジャッカルから山羊を守るため銃を手に入れる。
しかし彼はそれを、幼い子供(兄弟に)たちに管理を任せる。
その兄弟たちが山羊当番だから。
生活のために手に入れた銃だが
人を殺せる道具という実感は子供にはない。
試し撃ち感覚で、遠くの観光バスに向けて発砲した。
バスの距離は遠く、まるでおもちゃのようで、中に人が乗っている実感は兄弟にはなかった。
見晴らしのいい崖の上から、思いっきり石を投げてもきっと大丈夫という感覚
子供らしい。

他人を傷つけるだけにとどまらず、自分達の家族をもどん底に突き落とすことになる。

メキシコ
田舎町の結婚式。会場で、合図の変わりに発砲する拳銃。
いくら屋外といえ、結婚を祝う大勢の人や子供達がいるのに、その平気さにビックリ。銃の持ち主は撃った銃を裸でズボンのお尻に差す。
その銃が、国境で車のトランクを開けさせられるときに、出て来やしないかドキドキする。

唯一
アメリカ(ロサンゼルス)の舞台だけに銃が出てこなかったこの映画。
銃の似合う国だけど。
最初に銃に撃たれたのはアメリカ人。
劇中、撃たれて死んだのはモロッコの人だったけど。

劇中の
日本人とアメリカ人のの設定を交代させたら、どんなストーリーになるだろう。
妻が撃たれて、なりふり構わず、あんなに一生懸命になれるだろうか?
日本政府は、いち夫婦に、ヘリコプターを出動してくれるぐらい頑張ってくれるだろうか?

いろいろ考えさせてくれて、見終わった後も、ひきずれる映画。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 6日 (金)

「ハッピーフィート」より「ふるさと」

0_22絶妙なタイミング
先月の21日、最終プログラムで、アカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞した「ハッピーフィート」見て来ました。
予告編だけ見てると、楽しく歌って踊ってという映画だが、ストーリーの展開にビックリさせられる。
これが、受賞の決め手かな?
とりあえず、話の行方にビックリしてしまったが、別な思いで感激もしてしまった。
それは、10年前の学生たちが卒業制作アニメーション「ふるさと あるトドの旅」で発表したテーマや描き方にあまりにも似て重なって見えてしまったから。
思わず新学期の講師会で、アニメーションを担当していただく先生達に「ふるさと…」を見せてしまいました。
当時、指導に関わってくれた、恩師・岡部先生とも、別件で顔を会わすなり、「そやろ、そやろ」って確かめあったぐらい。
ほんでもってこれこそ絶妙のタイミングというのは、当時の学生たち、今頃何してるやろって想っていた矢先、その「ふるさと あるトドの旅」の原作者である立部龍彦くんが、ひょっこり訪ねて来てくれたんです。

Pa0_0022

「ハッピーフィート」は
落ちこぼれペンギンが、仲間達に受け入れられなかった彼の特技で、食料危機のペンギン世界を救う話。すごく簡単に言ってしまうとね
「みにくいあひるの子」や「ベイブ」に「チキンリトル」、ほんでもって「世界に一つだけの花」的なテーマって、ハリウッド映画に最近目につくけど、個性を大切にするアメリカらしいストーリー。
ペンギンたちの歌や踊りは楽しい。ストーリーもアメリカ人好み。で、それだけで「カーズ」を抑えて受賞するのかな? 
じゃあ、CGの技術で選ばれたの?
ペンギンの毛のふわふわさ。タップダンスのモーションキャプチャー
素晴しかったけど、感動的か?
これで第79回アカデミー賞の長編アニメ部門の1等賞???????

まだ何か仕掛けがあるのかな
って見て行くと、主人公が旅に出てから、様子がガラッと変わリはじめる… 

以下ネタばれ注意

物語は、人間たちの漁獲・濫獲によるペンギンたちの食料危機へとテーマが変化していく。
ペンギンは人間の世界までやって来て、人間文明に出会い、人類に「あなた達のおかげで、我々はつらい思いをしてるんです」というメッセージを発する。
演出的には、メッセージを直に訴えるんではなく、仲間たちから疎外された彼の特技のタップで注目させ、ペンギンの存在をアピール。結果、ペンギンたちを救うカタチになる。

しかし、
人類の驕りへの警鐘ははいいが、魚の濫獲よりももっと大きなことがあるのではと首をかしげた。

飢えに苦しむペンギンたちの描写が足りなくて、切羽詰まった状況が伝わって来ない。
何匹いてるねん! っていうぐらいのペンギンの大群を見せられてしまって、よけいに、飢えたイメージは遠のいてしまった。
有り余るほどの広大な土地で生活しているアメリカ人には、飢餓に苦しむというイメージは想像できないのか。

「ハッピーフィート」を見た翌日だったか
テレビ報道番組で、写真家・藤原 幸一さんからの報告だったろうか 地球温暖化によるペンギンの生活現場の激変を見た。
ショッキングだった。
「ハッピーフィート」の青白く明るく美しい南極の氷の大地のイメージからはほど遠いものだった。
むき出しの土も驚きだったが、とけた氷の中から現れた人間が残して行った金属のゴミがペンギンたちの行くてを阻み、彼らを傷だらけまみれにしている。痛々しい。
「ハッピーフィート」の悲痛な叫びも、この1枚の写真のメッセージにかなわない。

ただ「ハッピーフィート」にも
人間文明の存在を恐ろしく見せる画面がある。
鉄のかたまりの巨大な船工場は、ちっぽけなペンギンたちや、明るいペンギンの国とは対照的
画面のトーンの180度の転換は印象的。
水族館のガラスに囲まれた閉鎖された空間の不自由さも良い。
ガラスの向こうのモノ言わぬ人間たちの亡霊のような顔も不気味。(フットライトのライティングがよけいにそう感じさせる)
でも、魚の濫獲のテーマにつながりにくい

ペンギンのタップに感動した人々が、氷の向こうの世界にいるペンギンたちの存在に気づき、ヘリコプターでやってくるのだが、氷のてっぺんで滑ったりして間抜け
(ヘリコプター登場の重量感はすごかったよ。)

前半の楽しさと、後半のシリアスさが上手くかみ合ってないのでは?

後半ありきの映画だったのなら、前半の楽しい部分はもっと割愛すればどうだったのだろう。
まわりの感想を耳にすると、どちらかというと、可愛い、歌って踊っての主人公の成長ストーリーでよかったのに派が圧倒的に多い。
これってやっぱり、前半と後半が上手くかみ合っていないから?

そこで「ふるさと あるトドの旅」だが
テーマと、そのことについてやってることとのバランスは、「ハッピーフィート」よりも、学生たちが作った作品の方が勝っているぞと感激した。
もちろん、たかだか2年間アニメーションの勉強をしただけの若者たち30人足らずのテクニック。最高の技術者が何百人も集まって、時間とお金をかけて、最新のテクノロジーを取り入れて(3Dやモーションキャプチャー)造った作品と比べ合うのはできない話し。
でも、絶対に「トド」の方が素敵だよ

「ハッピーフィート」のペンギン達の食糧危機に対して、それをも含む、人間の地球環境や同じ地球に生存している生き物達に対する無関心さへのメッセージ。
「ハッピーフィート」とは違って、「人間」を直接画面に登場させずに、船、飛行機、人間が海に放った人間が作った地球のゴミや汚物で「人間」を表現した。

「ハッピーフィート」のサブキャラクターたち(アザラシやペンギンを襲う鳥たち、シャチ)も秀逸だったが、「トド」も負けていない。
サメクジラミガメタツノオトシゴカモメイソギンチャク

イワトビペンギンの怪しい教祖が首にはまって抜けなくなったプラスチック製の、ビール缶か何かをつなぎ止めておく道具? あれ、分かりにくい。
「トド」の7UPの空き缶、人が捨てたの方が分かりやすいじゃん。

「ハッピーフィート」の素晴らしい見せ場のひとつに、ジェットコースターのごとく、アザラシから逃げ回るシーンがある。延々と続く氷上の滑走だが、スピード感と迫力は最高。これこそは大きなスクリーンで観るもの。音響もすごい。
追っかけシーンなら「トド」も負けてませんよ。サメに追いかけられるところはやってることが同じです。学生レベルでは最高級でしょう。
たて構図で襲われるところは、3Dにも負けてません。

「ハッピーフィート」の素晴らしい見せ場のもうひとつに、ペンギンたちが、魚が少なくなった原因を確かめに旅に出るシーンがあります。
吹きすさぶブリザードの中を進むペンギンたちの描写は素晴らしい。大きなスクリーンにロングショット。画面いっぱいに横殴りの吹雪。そんな中を、ちっぽけなペンギンたちが進んでいく。
でも、残念なのは
人間の世界にたどり着くまでの、あの、大変な距離感が、帰ってくるときは一瞬で、すごく軽く感じる。あの距離感のなさは、人間とペンギン(生き物)たちの微妙な距離を感じさせなくしているように思う。
それを思うと「トド」の、人間の世界を見て怖くなって帰ってくる、幾日も泳ぎ続けたというカットの連続って大切だと思った。

「トド」のラストのナレーション、いいでしょ?
「やっぱりここがスキです。だってトドだから」
これは、人間が「地球が好きです。地球に生きる生き物なんだから」と言う意味です。
もちろん、地球に生きる生き物は人間だけじゃなく、植物、動物、昆虫、魚…すべてです。
だから、地球を大切にしなければならないのです。
このテーマは、ぜったい、ハッピーフィートよりも大きなテーマでしょう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 3日 (火)

ストリングス~愛と絆の旅路~ジャパンバージョン

操り人形の映画なんですが
人形(マリオネット)を操る糸は邪魔で興ざめに思ったりするのですが、文楽の三人の人形や歌舞伎の黒子と同じ。

この映画は
あえて、その操りの糸に意味を持たせて、ストーリーとテーマを表現している。
だから、操りの糸も、控えめの細い糸じゃなく、しっかりとした紐にしている。
このストリングス(操り糸)は、天空から続く糸で、生命をつなぐ糸であり、心をつなぐ糸であり、運命の相手とむすぶ糸・・・
糸が切れると命も絶たれるという世界観に、愛の絆や、憎しみの鎖といった意味をもたせている、とても哲学を感じさせる設定でおもしろい。
画面を二つ以上横につなげたシネマスコープサイズは、高く垂れた操り糸を目立たなく見せてくれるが、時としては、アングルを変え、遥か天から続く果てしない高さを感じさせてくれる。

主役の人形達は
人形だということを忘れるぐらいに一体一体に魂が吹き込まれたかのように表情豊か。眉も動かなければ口も開かないし表情は固まったままだが、素晴らしい情感を感じさせる。一体の人形を5人の操り人形師が操作しているそうだが、操り糸を微妙にふるわせての操演のテクニックや人形の動きの優しさにスクリーンに釘付け。命を持たないものに魂が宿った感覚は、マンガの絵やCGによって造形されたキャラクター以上の何ともいえない不思議感がある。

画面も美しい
雨にさらされる画面、湖に沈んでいく画面、山火事の炎など、木製のマリオネットは、劇中さんざんいじめられるが、映像はとても美しい。

Dsc08749 Dsc08750

0_21

           デンマーク生まれのドーリムービー。監督/脚本はアンデルス・ルノウ・クラウン。共同脚本ナヤ・マリ・アイト ジャパンバージョンの監督に庵野秀明、脚色は長塚圭史、声優に草彅剛、中谷美紀、劇団ひとり、優香、小林克也、香取慎吾、戸田恵子、伊武雅刀、市村正親。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月 9日 (金)

「さくらん」試写会

角川ヘラルドの試写室に
「さくらん」企業関係者試写会に行ってきました。0dsc07996
監督・蜷川実花は、フォトグラファーだけあって、画面作りには力が入っている。画面に映る全ての色彩とライティングは、謳い文句のとおり鮮やかだ。色彩の工夫だけでなく、そのものの材料・素材集めや加工にもどれぐらいお金と労力をかけたのであろうか? コマーシャル写真を見ているようで楽しかった。
1時間51分は、ひょっとしたら短かったかも。
きよ葉・土屋アンナが、花魁 日暮になってからを、もっと描き込んでみてはいかがだったでしょうか、という感想です。

【ネタばれ注意】

自分に正直なという、きよ葉の頃は、彼女の地のままと言ってもいいようなキャラクター設定。花魁になってからは、さらにプラスαのファクターがついてくるのだが、前半とさほど変わらない描き方の印象。
ご隠居(市川左團次)というキャラクターといい、倉之助との関係、もっと掘り下げふくらませての事が出来たように思うから。
逆に、きよ葉のころは、もっとシンプルに整理できたかも。

木村佳乃のキャラクターも高尾も、重要な役だったが、実年齢でも八つ違う、そんな年齢差が画面に、もっと出ていても良かった。もっと大きく邪魔な、土屋アンナの目の上のたんこぶであってほしかった。

たびたび画面に現れる、鉢の中の金魚が、この映画のイメージを、上手く伝えていた。

宙をとんでいるように見せた金魚。
でも、この中でないと生きて行けない。
鉢の中から飛び出した金魚は、
その度に、そう言われて鉢にもどされるが、
日暮は
見事、とびだしていきましたよ。

鱗の華やかさ。
でも哀れ。
そんな金魚から、脱皮した、勇気を見たようでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)